AIR完全ネタバレ

 注:検索エンジンなどでいきなりこのページに入った人は、なるだけ目次から見てください。
 タイトルにもありますが「AIR」及びその他の作品のネタバレが全開ですので、「AIR」をまだプレイしていない人及びまだクリアしていない人はいきなりこのページを見ない事をお薦めします

DREAM SUMMER AIR 救われるべきは? 「ゲーム」の物語 「無力感」 最後には、どうか…幸せな記憶を。

DREAM

−霧島佳乃−

 「AIR」のテーマの1つである「家族愛」の1つの話として入っているような感じ。
 単体としては割と好きな話。
 ポテトとの漫才(?)がおもしろい。特に

ポテトを蹴り上げた後、「セリオAもびっくりだぜ」

聖さんはポテトをつかむと、「私の代わりに病める人を救ってくれっ!」と言いながら放り投げた

お寺の扉が開かなくて、ポテトが見付けてきた鍵を使っても開かない。
頭にきて回し蹴りを決めると、鍵がポキッと折れてしまった。その後またこの扉に来た時、
「誰だ!こんな事したバカは!」
黙っている事にした一人と一匹だった。

 ・・・等々、うまくコメディーの要素も交えている点が気に入っている。
 そして終盤になってようやく判明する佳乃の変化、バンダナの真相と、佳乃がつぶやいていた言葉が明らかになるという展開はうまいと思う。特に言葉の全貌が明らかになるシーンは母の愛について触れているという事もあり、このまま眺めていたいと思うほどだった。

 ただ、よく言われているように佳乃シナリオ自体は「AIR」の根本にはあまり関わっていない。
 個人的には「AIRの中に含まれている可能性」という事、そしてある程度の導入の段階という事で佳乃シナリオの存在もOKなんだけど。
 全てのシナリオが完全に関係していなければならない、という決まりはない訳だし。
 それに佳乃シナリオのおかげで美凪、そして観鈴シナリオに含まれる要素である「翼人」の存在が唐突ではなくなった印象がある。ま、これはクリアする順番にもよるが。

 そして、あのラスト−「空には、風船に行ってもらおう。飛べない俺たちの代わりに」というのは結構いい終わり方だと思うが。
 この終わり方だと往人は「翼を持った少女」を救えないけれども、「翼人の哀しい記憶」をいくらかはやわらげる事が出来る、と解釈出来る訳だし。その分翼人が本当に救われるのはまた遅れる事になるけど、これは仕方ない事だろう(往人は力を失っているのだし)。

−遠野美凪−

 ここでは美凪ENDというか、早い話が美凪のバッドエンドの方ね。
 美凪が母から逃げる、そして主人公にすがろうとする。ここで、いつものギャルゲー(18禁ゲーム)だったら、主人公は簡単に助けようとするんだろうけど、「AIR」では突っぱねる。突っぱねた上で、「これから俺と一緒になる覚悟があるか」と突き付ける。
 ここでのHシーンは、言わば「通過儀礼」である。
 美凪がこのままで往人についていく事自体が無茶だし、一度は傷付いてからでないとこの先傷付いても泣くことは出来ないんだ、という事なんだろう。
 それにこの行為によって美凪はこの先ついていくという覚悟を決めた、という解釈も出来る。

 ただ、気懸かりなのは美凪の母はあの後、どうなったんだろうという事なのだが。

−みちる−

 言うまでもなく、美凪シナリオのトゥルーエンドではあるけど・・・やっぱ「みちる」シナリオと言った方がしっくりくるんだよなぁ。

 みちるシナリオ(と美凪シナリオ)で印象的なのは、やはり「シャボン玉」だろう。
 現実的な(そしてつまらない)言い方をするなら、シャボン玉を大きく膨らませるというのは、子供には案外難しかったりするのです。力(呼吸)の加減が未熟だったりするからね。
 でも、こんな事言うと怒られそう(って書いちゃってるけど・・・ま、いいか)。
 それは置いといて、と。大半のプレイヤーが感じるように、シャボン玉はみちるそのものの存在にひっかけている節もありますね。つまりシャボン玉のようにはかなく、そして時間が来れば消えてしまう運命である事を暗示している、と。あるいは水子としての存在にかけているかもしれませんが。

 それともう1つ印象的なのは「幼児虐待百連発」・・・もとい、どつき漫才ですね。
 この辺は割とうまいなと思います。だって、ここまでほぼ毎日みちるが余計なことを言って、往人がどつく、というパターンを繰り返して、その挙げ句に美凪に「・・・仲良し?」と言わせる、と。プレイヤーがちょうどそう思ってしまう辺りで出てくるのが「一枚上手だな」という訳で。
 そんなこんなで、ある意味美凪以上に存在感を強く主張しているみちるです。

 そして、「みちるシナリオ」たる所以は、やはりラストでの屋上の会話ですね。
 確かに演出としては過剰なんだけど、それでもCGの美しさと、セリフの1つ1つに込められた「思い」が理解出来るからこそ引き込まれるシーンです。
 ここで1つ−私も人に言われるまで気付かなかったんですが、最後のシーンでみちるが消えた場所。あそこでしっかり一番星が・・・(これを教えてもらって、速攻でCGモードで確認した途端机に突っ伏してましたよ・・・)。本当、凶悪すぎるシナリオだのう。
 凶悪と言えば、みちるが美凪の家(というか、みちるの本当の家)に行った後の展開も・・・「あざとい」と言えばそうなんだけど、それでもあの展開を期待するしかないじゃないですか。でなきゃみちるが救われなさすぎだし。

 それと、美凪シナリオもそうだけど、この2本では「AIR」とあまり関わりがないんですよね。
 「AIR」との橋渡し役がみちるなんで、完全に無関係という訳ではないですが。

−神尾観鈴−

 観鈴ENDって、特殊なんだよねぇ。
 結局往人は観鈴を救えたかどうかがあまりわからないまま終わるし。一応、往人が消えた後に観鈴が目を覚ましている事から、薄々は「救われたんだろうな」と思う事は出来るけど、それでも確信に到るほどではない。
 あと、これも後に続くシナリオの伏線になっているんだけど、この時点ではまだ完全にはわからない。だから不安だ。スタッフロールは出る。だから正式なエンディングなんだろう。でも完全に終わったとは思えない。
 そういう不安を残した終わり方って、後でわかると「うまいなぁ」と思ってしまった。実際そうなんだから他に言いようがない。
 ただ、一番最初にこのエンディングを見ると訳わからないだろうけどね。

 他のエンディングは「バス停」。「よーい、どん」。こっちは結局何も起こらなかったけど、夏はまだ続くんだって感じた。
 ああ、まだ暑さが残っている時に遊べて幸せだと思った瞬間だ。このシンクロ感、いいなぁ。

SUMMER

 「SUMMER」と「AIR」の関係って、要するに「DREAM」で残った謎、というか「DREAM」での出来事、そして往人が探している「翼を持った少女」の話の「始まり」が「SUMMER」で、そこで出た話を受けとめるのが「AIR」という事ですね。
 この展開って、「AIR」をプレイしていて「うしおととら」を思い浮かべちゃったなぁ。
 「うしおととら」を読んだ人なら知っていると思いますが、「うしおととら」も構成としては、

 うしお、槍を抜いてとらを解放。それ以来一緒に妖怪退治
 ↓
 うしお、母の行方、そして白面の事を知る為に旅に出る
 ↓
 途中で舞台変更。うしお、古代の中国に。
 白面との因縁その1、獣の槍誕生の瞬間。
(読者もここで過去から来る因縁の始まりを見る事になる)
 ↓
 再び、現代に。今度は白面との戦いに向けて物語が動きだす
 ↓
 最終決戦直前〜最終決戦。
 白面との因縁その2(とらの過去)。とらと獣の槍の因縁。

 大雑把に言ってしまえばこういう流れな訳ですが・・・
 つまり舞台は基本的に現代だけど、途中で話が過去に「飛んで」、読者は「過去に何が起こった」のかを知る訳です。
 で、「AIR」でも手法、演出として共通する・・・と。ちなみにこういうのは「パクリ」とは言いません、悪しからず(手法、演出としては一緒でも、表現している内容は完全に別物なのだし)。
 この方法は、やり方−というかタイミング、つまり「いつ、過去の話を出すか」が難しいのだけれど、「AIR」の場合は最初に3人クリアするまで次のステップに進めない、という制限を設ける事でタイミングを調整しています。
 それに「DREAM」で断片しか見えなかった「翼人」の存在、往人に受け継がれた「力」と「はるか遠い、約束」の内容がきっちり説明されるという事で、プレイヤーが「AIR」に進みやすくなるステップとしても有効になっています。
 特に「翼人」の存在がはっきりする事で、より「AIR」に感情移入しやすくなっていますね。それに「DREAM」でいまいちわかりにくかった「観鈴の身体に起こった変化」の内容も出てますし。
 このおかげで「AIR」でより観鈴の苦痛がわかりやすく(人によっては「わかりやすすぎて」)、そして非常に痛いと感じるようになっています。

 また、18禁ゲームでは珍しいと思いますが、「SUMMER」後半での裏葉との交わりが「AIR」を終わらすには欠かせない事柄になっているのも見逃せないでしょう。
 柳也は力を持っていないし、余命もいくばかしか残っていない。裏葉は力はあっても、今は神奈を助ける事は出来ない。ならばどうするか。

 「子孫を残せば、柳也さまの思いも残せましょう?」

 −裏葉、あんた、本当いい女だよ。
 と言ったら「当然じゃないですか。でも一番いい女なのは神奈さまです」と返事が返ってきそう・・・

 余談。そういえば、裏葉って思いっ切り謎な女性なんだよね。結局最後まで裏葉の細かい話は出てこないし。
 「Kanon」の秋子さんみたいだ。よく気がつくとこなんか特に。

AIR

 ・・・さて、何を書こう?

 「AIR」シナリオは、完全に観鈴と晴子の物語。「そら」もいるし、序盤には往人も出ている。
 けれど、往人は観鈴を完全に救えないまま「DREAM」そのままに消えていく。「そら」はその事を知っているから、観鈴を笑わせようと努力する。往人「だった」記憶を持っているから。
 でも身体の違いはどうしようもない。けど、それでもどうにか人形を動かそうとする。
 この辺りから少しずつ不安が溜まっていくんだよね。「そら」が観鈴を救う事が出来るのかって。

 でも、最後まで見ていけばわかるんだけど、「そら」の役割は観鈴を救う事じゃなかったんだよね。観鈴が求めていたのは「笑わせてもらう」事ではなかったんだから。
 それが少しずつわかってくるのに合わせて、晴子さんも少しずつ挫折しては立ち直って、最後には本当の「母娘」になる。
 確かにうそ臭いとか偽善的だと言えばそうなんだけど、それでも晴子さんの心情の裏返し、つまり「DREAM」での晴子さんの「冷たいなー」と思ってしまうような行動が、実はあれでも観鈴を思っての事だってわかっていく辺りがうまいんだよね。
 そして、「AIR」は痛い。

 最後に観鈴はゴールしないと終わらない。
 翼人の悲しい記憶は、幸せな記憶で終わらせなければいけない。
 それが翼人を解放する事でもあるから。
 でも、それは−自分の死が避ける事の出来ない事柄であること。
 幸せな記憶を持ったまま終わるにしろそうでないにしろ、死がその先に待っている事に変わりはない。
 むしろ、幸せな記憶を持ったまま、つまり笑ったまま終わるというのは、
 −それを要求されてなお、悲しまないでいられるのか?
 恐らくこれ以上はないと思うほど理不尽で、なおかつ無茶な要求だと思う。
 でも、観鈴は最後までやり通して、やり遂げてしまった。

 だから痛いのだ。
 俺だったら、この条件を突き付けられた時点で投げ出してしまうのがわかりきってる。いや、ほとんどの人が逃げ出してしまうと思うけど。実際辛すぎる条件だもの。
 それに、観鈴の行動は、「物語」として見た上でも「まっすぐ」なんである。ま、それは晴子さんも一緒なんだけど。いわゆる計算臭さとか、そういうのがほとんど見られないんだよね。
 この辺も、ある意味「うしおととら」っぽいかも。


 ・・・さて、ここからは好き放題に書きます。

救われるべきは?

 「AIR」で、観鈴が救われないのは嫌だ、という話を聞きます。
 また、「救いがない」とか、「救われている人がいない」とも。

 私に言わせれば、「全員が救われなければダメ」って言う方がナンセンスだと思うんですが。
 それに、希望はしっかり残ってるじゃん。

 観鈴はって?彼女がしたかった事は「夢に出てくる少女を助けてあげる」事でしょ?
 それに、観鈴がここで終わらせられなかったら、翼人が悲しみから解放されるのはもっと遅れるし、それは再び観鈴のような悲劇がまた起こるというのを意味するのですが。翼人が解放されるまでは、翼人の魂は人間の中に転生を繰り返すしかない訳だし。
 その方が、広い目で見ればもっと悲惨な事だと思うのだけど。
 ただ、観鈴の時点で終わらせる為にはどうしても往人、そして晴子さん(そして「そら」)の手助けがなければ出来なかった訳だけれども。
 そして全部やり遂げて、幸せなまま「これで終わる事が出来る」とわかっているから、観鈴は決して救われてない訳ではないでしょう。

 しかしこの辺、「白き魔女」の白き魔女ゲルドと似てるなぁ。
 プレイヤーに対して無力感が「どっ」と来る点でも。
 なんせ、どっちも自分の運命を知っているし、それがどんなに残酷なものであるかも知っている。
 それでも敢然と立ち向かって、道を残していくんだもん。
 で、プレイヤーはそれを見ていて、でも手出しも出来ないし、彼女の運命を変える事も出来ない。しかも彼女たちが最後には全部終わらせてしまうんだもん。

 晴子はどうかというと・・・微妙ではあるけれど、彼女もそれなりに救われてるんでは?と思う。
 短い間だったとはいえ、それでも確実に観鈴と母娘だった時間を持てたし、それが彼女の自信にもなったと思うし。少なくとも「ダメな大人」としての晴子から抜け出せただけでも救われてます。
 その為の代償は少なくはなかったし、傷も残ってるけど−彼女はそれを糧に新しい「強さ」を得る事が出来ているし。少なくとも私はそう思いたい。

 で、何が言いたいかっていうと。
 「AIR」で本当に救われるべきはあくまでも翼人(の記憶)だった訳で。
 翼人が解放されて、はじめて「終わる」事が出来る。そして新たな始まりを。
 だから、翼人が解放されない限りはハッピーエンドじゃないのね。そういう意味では「AIR」の最後で翼人が解放された、という時点できっちりハッピーエンドだと思うけど。
 あ、「ハッピーエンド」、とはいっても単純に「解放された、ハッピーだね」って訳じゃなくて、新しい希望が出てきたという風に受け取ってください。
 だって、そう解釈しないと、それこそ「SUMMER」は何だったの?とか、往人(と「そら」)の存在意義は何?って事にもなっちゃうし。
 それと、安易な「救い」では「AIR」は終わらないんだよね。仮に観鈴が救われたとしたら、翼人の存在はどうなるのか?って問題が残ってしまうし。だから終わらせるにはこの方法しかなかったのではと思う。

「ゲーム」の物語

 「AIR」をクリアして、思ったのは−

 『「ゲーム」の物語は新たなステップに進んだ』

 −という事だった。
 何というか・・・SFなんだよね。「AIR」って。
 今までのゲームで、(シナリオの上で)似た構成を持つのは「YU-NO」ぐらいしか思いつかないんだけど。というのは、「DREAM」と「AIR」では重なる部分があるけど、そこは一種のパラレルワールドとでも言うか(実際には「AIR」は本当の意味でのパラレルワールドではないので注意)。
 あるいは、非常に高度な文法で書かれたファンタジー、と言ってもいいかも。
 実際「DREAM」と「AIR」の重なりについてはゲーム中ではあまり説明されないので、人によって解釈が分かれる部分だと思う。実際それぞれの解釈でいいんだろうけどね。逆に「答えはこうだ!」って言われたくない気もする。
 ちなみに私の解釈は、「DREAM」では一度終わるけど、その終端がコピーされたように「分かれて」、それが「AIR」につながる−という解釈。つまり「ブリンダーの樹」。わからない人は「YU-NO」やりましょう(こらこら)。

 それから、「AIR」では最初から「そら」の存在を置くことによって、プレイヤーの立場が「AIR」の内部にはないという事を否応なしに認識させている。この事は疑う余地はないはず。
 そして、エンディングで再び母が子に語り掛ける場面になるが、この事は1つの事を意味している。
 すなわち、「DREAM」「SUMMER」「AIR」は全部、OPで母が子に語り掛けていた長い長い物語そのものだという事。
 だからプレイヤーが物語に介入する余地は最初からなかった訳だし、それでいいのだろう。
 余談だが、全部クリアしたらOPをまた見てみましょう。
 「さようなら」
 「声が聞こえたような気がした。」
 ・・・もしかして、これって・・・(汗)もしや、OPの時点で既に匂わせていたのか!?

 で、実際のところ、こういった物語構成はマンガ、小説ではたまにある作りではあるのだけど、ゲームにおいてはあまりなかった。だから「ゲーム」でこの構成に出会えた事を幸運に思うのだよ。
 何故って、「ゲーム」で表現するには厳しい構成なんだもん。矛盾がどうこうではなくて、むしろ矛盾を気にさせない必要があるって意味でね。つまり矛盾以上に物語に引き込まないといけないんだから。
 実際には、「AIR」では矛盾はあまりない(ない訳じゃないけど、極めて少ない方)んだけど。それよりも、「SUMMER」を息抜き的な位置に置いたのはうまいと思う。

 それから、もう1つ。「AIR」で、ついに「萌え」などのいわゆる「媚び」の要素を完全に排除してしまい、さらにプレイヤーを突き放してしまう点も評価してる。
 そこには「あくまでプレイヤーは傍観者であり、観客なんだ」という主張があるように思えるから。
 だから当然批判もあるだろうし、受け入れない人もいるだろうけど、それは仕方ない。実際「AIR」シナリオって、ナイフを突き付けられたような感覚−とは言っても、「脅し」としてのナイフじゃない。何と言うのかな。もの凄く変な例えであるのは承知の上で言うなら、

 『麻酔なしで手術をしている現場を見ていて、患者がうめいたりしていて「痛そう、止めたい」と思っても止めようとすれば手術をしている担当医にメスを突き付けられるのがわかっているから止めに入る事も出来ないし、止めたら患者は死んでしまう事もわかっている』

 ・・・という感覚かなぁ?書いていて混乱してきた(苦笑)実際言葉にしにくいんだよね、この感覚。プレイした人以外にはわからない感覚だろうし。
 ただ、そのおかげで観鈴が一生懸命なのがよくわかるようになっているし、見ていてある程度の緊張感も生まれているのだけれど。

「無力感」

 「AIR」は、とにかくプレイヤーに無力感を抱かせる。
 ただ見ているしかない、この先観が、晴子が苦しむのがわかっていてなお手を出せない。もどかしい。助けてやりたい。でも手出しが出来ない。往人は消えた。「そら」は途中から役割を晴子さんに譲ってしまっている。
 そして、最後には観鈴は「幸せな記憶を持って」死ぬ。
 その後、「そら」は空に向かって飛んでいく。恐らくは、翼人に「解放」を伝える為に。
 最後まで、プレイヤーは何一つ手出し出来ないし、見ているしかない。

 この種の、「見ているだけで、手出しが出来ない」というもどかしさ。
 同じ「無力感」を味わせてくれたゲームは、今までに「EVE burst error」「DESIRE」「白き魔女」(+「海の檻歌」)が挙げられるだろう。

 「EVE」。御堂真弥子。
 笑いながら、最後まで「真弥子」でいる為に自分の身を犠牲にし、眠りにつく。
 例え、それが永久に目覚める事のない眠りであったとしても。

 「DESIRE」。マルチナ。
 悠久の螺旋に囚われながらも、そこから抜け出そうと足掻き続ける。
 思い人に近付き、離れるのを繰り返しながら。

 「白き魔女」。白き魔女ゲルド。
 二つの世界を救う為に巡礼の旅を続ける。
 後に道を辿って来る者がいる事を信じて、道を残す。
 そして、最後には魂さえも。

 「海の檻歌」。銀色の髪の少女。
 物語の上では語られる事はないが、恐らくは「彼女」であろう。
 そして、「白き魔女」を見た者は、その将来を知っている。
 それは同時に、彼女の運命を知っているという事でもある。

 そして、「AIR」。
 「AIR」が私に与えた無力感は、ここに挙げた作品以上のものだった。
 次第に身体が動かなくなる。記憶を少しずつ失っていく。そして最後には死ぬ。
 それは恐ろしいほどに、身近な変化であるから。
 しかし、観鈴はそれに耐えてしまうんである。その痛みがどんなに耐え難いものであるか。
 なのに、彼女は笑おうとする。「最後まで幸せなままで」いようとする為に。
 それがわかってて、なのに助けてやる事が出来ない。この無力感、残酷なまでに痛すぎる。

最後には、どうか…幸せな記憶を。

 「AIR」をクリアして、レポートには「ため息しか出なかった。いや、正確にはため息しか出せなかった」と書いた。
 けど、「AIR」を終えた後の変化は、それだけじゃなかったんだよね。
 綺麗な青い空を見るのが恐かった。
 見てしまったら、泣いてしまいそうで。
 あそこには神奈がいたんだと思いながら泣きそうで。
 今でこそ立ち直ったけれどね。
 こんな思いをしたのは、「YU-NO」をクリアして、「この世の果て」に行きたいと思って以来だったよ。
 今でも、「この世の果て」に行きたいと思う。それはもはや憧憬になっているし。
 でも、青空は違う。身近で、すぐそこにある−のに、手が届かない。
 だから、今でも青空を見ると思うんだ。
 「翼を持った者だけが・・・行ける場所なんだ」と。

AIR目次に戻る


 ああ、全然まとまってないし・・・お目汚しですいませんです。
 しかしこんなん出していいんかいな・・・(汗)
 ま、細かい解釈とか解説とか、そーゆーのはもう既にあちこちで山ほど語られているんで、そういうのはパスして私なりに書いてみよう、という事でこういうスタイルになったんで、御容赦ください。

 「AIR」に関しては、いろいろ参考になるページがありますが、とりあえず1つ。
http://www2.odn.ne.jp/~aab17620/air_0.html
 このURL先は私のページではなく別の人の「AIR」ページです。
 「DREAM」と「AIR」の時間のつながりなどは、ここにある表などが参考になると思います。