カルコサへの旅人

 私は、森の中で道に迷っていた。
 私がさまよっていた森の名は、一説によれば「死者の森」とも言われ、その故はカルコサの地に連なる森であるからだという。その森を抜けるには、カルコサの地に辿り着くか、あるいはその他の古い邑(まち)に辿り着くか、あるいは死ぬかのいずれかしかないと噂される−−そう噂されるまでに、その森は人々から畏れられている。

 私が、それほど畏れられる森の中に入って行ったのは、ひとえにカルコサ−−カシルダの歌に唄われる、失われしカルコサの地に行きたいという、他の者が見れば自殺行為としか思わないような願望からであった。
 森の中は、道はあるにはあるが、所々で道が跡絶えていて、木々の中を抜けてようやく新たな道が見つかるといった具合であった。途中で挫けそうにもなったが、引き返そうにも道自体が木々に隠されている為に、ただ先に進むしかない有り様であった。
 そうして長い時が経過して、ようやく森が開け、丘が目に入った。その丘には小さな邑が見えた−−石造りの、古風な造りの邑であった。邑が見えた事で元気づけられた私は、その邑へと駆け寄って行き、邑の中を見て回ろうとした。
 邑の入り口である大門には守衛もなく、門自体が朽ち果てていた。しかし邑の中には何人かの人間の姿が見受けられ、どうやら生活のある邑のようだった。それではここはカルコサではないのか。そう気落ちしながらも、疲れを休める為に宿屋を探そうと邑の中へ入っていった。
 そして見かけた人々に話しかけたところ、村人たちは私をまったく無視したまま、まるで私がそこにいないかのように振る舞っていた。そこで私は彼らを捕まえようとした。そうすると、なぜか彼らの肉体に触れることがなかった−−彼らの肉体は私の肉体をすり抜けてしまうのだった。
 その様子に驚き、うち震えながらも、私はなおも他の者を探し、また同じように振る舞い、またも驚ことになった。それだけではなく、邑の中の家という家も、扉や壁、テーブルと椅子でさえもがすり抜けてしまうこととなった。そこで私はここがカルコサなのではと思い始めた。
 ため息をつきながら蒼天(そら)を見ると、そこにはあろうことか、太陽が二つ現れていた。しかし太陽は二つ現れていながらも、その明るさが二倍になるようなことはないらしく、目に入るのは普段どおりの光量で現れる景色であった。
 二つなる太陽−−それでは、ここはカシルダの歌に唄われ、黄衣の王がおわすが為に、その名が畏れられるカルコサなのか。しかもカルコサは、死者の都であるという。ここにいる人たちは生きているようで、実はそこには存在していないかのようではないか。私は、もうどう考えてよいのやら途方に暮れかけていた。

 そうしてしばらく邑を回ると、広場のただ中に一人、旅人らしくこの邑の者たちとはいくらか異なった格好をしている者を見つけた。この邑の中にいる、私以外のこの邑の者ではない人間を見つけることが出来て、嬉しくなった私はその者と話そうと近寄っていった。そうして、声をかけた。
 「やぁ、ちょっとお話をしてもよろしいですかな?」
 「構いませんよ。して、どういうご用件ですかな」
 はたして、その者は私の問いかけに応えてくれた。てっきりまたしても返答がないと思っていたばかりに、この思いがけない返事に私は気分がいくらか良くなった。
 「ええ、私はついさっき、ここに来たばかりなのですが、ほとほと困っております。もしあなたがご存じでしたらうかがいたいのですが−−ここはもしや、カルコサの地ではありますか?」
 「いかにも、ここがカルコサの地ですよ。かのカシルダの歌に唄われし−−ね」
 「ああ、そうなのですか。それでは、ここがやっぱりカルコサなのですね」
 「しかしここは本当に奇妙な邑だ。何もかも−−」
 そうして私は彼にいくつかの質問をぶつけてみた。黄衣の王のこと、カシルダのこと、蒼白の仮面のこと、その他畏るべきカルコサにまつわる事柄のいくつかを。しかし彼は知らない方がよいと言わんばかりに、力無くただ首をうち振るのみであった。
 らちがあかなくなった私は、その時に思いついた、それまで気になっていたことを聞いてみた。
 「なぜ、みんなは私のことを無視するのでしょうね?」
 「そりゃあ、あんたが死んでいるからだよ」

 それが、男がこの世で聞いた最後の言葉となった。


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うしとら
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