Title:不思議な洋菓子店

 わたしがその洋菓子店を見つけたのは、夕暮れ時のことだった。
 その店は一見あまりぱっとしないようだった。しかしショーウィンドウを覗いてみると、どことなく素敵な店のようだった。というのも、どことなく洋菓子店とは異なる雰囲気があるように感じられるからであり、好奇心をかきたてられる−−なにやら無性に店の中を見てみたいと思うようになったのだった。そこで、たまにはケーキ一つ食べてみるのもよかろうと思い店の中に入っていった。
 店の中に入っていって、すぐにわたしはこの店が他の洋菓子店と異なる雰囲気を感じた理由を知った。その店はいわゆるショーケースというものがない−−つまり他の店ならば同じケーキを数個、ショーケースに陳列し、それが数種といった具合に並べて売っているものだが、この店にはそういうものがない。その代わりにケーキがすでにお皿の上に載せられており、しかも一品一品がまるでレストランのコースでデザートとして出されるケーキのように綺麗に飾り付けられている。いや、ケーキだけではない。ゼリーはゼリーで、あるものはワイングラスの中に綺麗に盛りつけられ、あるものはこれまた素敵なカップの中に入れられ、しかも冷たいままでいるようなのだった。
 しかも、驚いたことにはそれぞれが宝石店、あるいは衣服店のディスプレイのように配置されていて、ケーキのお皿の横にはケーキの名前と説明を書いたプレートが置かれている。そしてそばには椅子までが配置されており、まるで「どうそ、このままご試食ください」とでも言っているかのようだった。

 そうしてこの店の雰囲気にわたしが驚いているところに、初老の男性が声をかけてきた。
 「お客様ははじめてでございますね。わたくしはジョセフといいます。店のありように驚かれましたか?ご安心を、当店はごく普通の洋菓子店でございます。ごゆっくりご覧になって、どうぞご自由に試食ください−−そして気に入った品があれば申しつけください。こちらのカフェでゆっくりお食べになるか、あるいはお持ち帰りができます」
 どうやらこのジョセフさんがこの店の店員、あるいは主人のようだった。そこで私はこう聞いてみることにした。「はあ、いい店ですけど、不思議な店ですね−−ショーケースがなく、ケーキの一品一品がまるで宝石か衣服のようにディスプレイされているなんて。しかも試食が自由に、ですか?この店は・・・暖かくもないけど冷えているわけでもない、なのにゼリーがそのままで大丈夫なのですか?冷やさなくても?」
 「はい、お客様はみんな最初にそうおっしゃいます。ですからわたしはいつもこう答えるのです−−『まずは一口、口に運んでごらんなさい。そうすればわかります』と」
 何だか答えをはぐらかされたようだが、このまま店を出ていくのもなんだか惜しい気がしたので、まずは好みに合いそうなチョコレートケーキを選び、椅子に座って一口を食べてみた。驚いた−−確かにこれは充分に冷えていて、しかも口のなかで綺麗に溶けていき、その味わいがすばらしいものだった。そして飾りつけのソースとを合わせてみると、これがまたすばらしいハーモニーとなった。
 わたしはジョセフに向かって言った。「たしかにこれは素晴らしい。でも試食・・・ですか?」
 「はい、その気になればお店に陳列してあります洋菓子は全部ご試食になれます。もっとも、その前にきっとお気に入りになる一品が見つかることになると思いますが−−きっと」

 わたしは店の中をもう一度見回してみた。なるほど、さっきはよくわからなかったが、店内のあちこちに様々な洋菓子が展示されていて、しかも同じ品が別のところにあったりはしないようだった。なかでもとりわけて綺麗に展示されているケーキが目についた。と、その様子を見ていたのかジョセフは「ああ、あのケーキは当店のケーキでも一番人気でして、お客様からのリクエストが多いのですよ。そういうわけで、あのように他に比べて目立つように展示しているというわけです」と述べてくれた。
 そうして私は次にゼリーを−−ワイングラスの中に綺麗なパープル色をしていて、その水面に香草とソースが綺麗に飾られているゼリーを選んで、試食することにした。これはフルーツの味と香り、そして隠し味にワインが少々入っていて、これまた素晴らしい味だった。
 その時にある考えが浮かんで、ジョセフに聞いてみた。「さきほど、『目立つように』とおっしゃいましたよね。あれはどういうことですか」
 ジョセフはにっこり笑ってこう答えてくれた。「いい質問ですね。当店では、ケーキの種類はもちろん、配置も毎日変えているのです。ですからお気に入りのケーキの名前だけは覚えておかれた方がいいと思いますよ−−それを言ってもらえれば、すぐにお出し出来ますから」
 なるほど、とうなずきながら三つ目の試食にはどれを選ぼう、と思いながら店内を見回すと、さっきジョセフが「一番目立つように」と答えたあのケーキが目に入った。そこで私は、そのケーキをもっとよく見てみようとその前に行ってみた。
 そのケーキは赤、白、緑の三色で綺麗にデコレートされていて、ソースの色は薄い紫色。見た目からしてカラフルで食欲をそそる色添えだった。私が椅子を動かそうと手を伸ばしている間にジョセフは言った。「やはり目立ちますし、リクエストも多い品ですからね」
 そのケーキの味については言わないでおこう−−きみ自身で実際に味わってみたまえ。
 そうして、私はやっと正式な注文を出すことにした。そう、一番目立つケーキ。そしてワイングラスに入ったゼリーの二品を注文し、カフェで待つことにして、今度は一品一品をじっくり奥深く味わった。そうそう、一緒に注文したカフェ・オ・レも素晴らしかった。

 そのケーキが食べたい?気持ちはわかるがね、あいにくここには持ってきていない。というより、持ってこれなかったんだな。
 −−実はあのお店の姿を二度と見かけていないんだよ。店の場所はわかっているのに、その場所にはお店の姿がまったく見つからないんだ。両隣のお店ははっきりとそこにちゃんとあるのに、だ。ただし、そのお店どうしはきっちり隣り合っていたがね。
 そういうわけで、わたしは今日も夕暮れ時にあの通りへ向かうのだよ。あのお店にまた出会うために、ね。


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うしとら
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