Title:麗香の事

 バイトが午前2時まで終わらなかったので、私たち数名は終電に間に合わず、タクシーか徒歩で家に帰るしかない状態であった。中でも、私の場合とりわけ家がかなり遠く、しかもタクシーすら使えない。この辺りのタクシーはあまり遠くの事を知らない場合が多いのだ。困った私は、バイト仲間の拓也と麗香さんと話してみた。
 「困ったな、どうやって帰ろう・・・拓也、お前はどうするんだ?」
 「俺は歩いて帰るさ。でも泊めるのは無理だよ。いろいろと事情があってな、そのまま帰らないといけないんだ」
 「麗香さん−−は止めておくか。レディの家に夜遅く泊まりに行くというのはどうもな」
 「あら、あたしは気にしないわよ」
 「いや、問題は一つ屋根の下というか・・・別々の部屋に泊まれるってんならいいんだけど、それは無理だろ?」
 「それも問題ないわ」
 「へ?」
 「ま、いいわ。それじゃ、あたしの家に来なさいよ。これから執事を呼ぶから」
 「え?執事!?」
 そう聞いて思わず私は目が点になってしまっていた。すると、拓也は何か考えのある笑いを浮かべながら「そういう事なら俺も途中までつきあってやるよ、俺の家もあの近くだし」と言いだし、結局私は麗香さんと拓也と一緒に執事とやらの運転する車に乗る事になった。
 麗香さんが電話して数十分後、どうやら執事の車が来たようだった。車から降りた執事のそばに駆け寄って、麗香さんと執事は話しだした。
 「夜遅くにごめんなさいね。終電を逃しちゃって・・・それに、友人の耕介くんも同じ事で困ってるの。彼の家はかなり遠いし、車で送るのも厳しいわ。だから家に泊めてあげようと思うの」
 「いえ、これも私の仕事ですから。ふむ、友人ですか・・・終電を逃した・・・それは不運な事ですな。そういう理由でしたら断る理由はありません、麗香様のお考えを尊重いたします」
 「ですって、耕介くん?」
 いきなりこちらを振り向いて、麗香さんが言った。私は状況をうまく飲み込めず、ただ「・・・本気ですか(汗)」としか言えなかった。すると、
 「あら、あたし冗談を言った覚えはなくてよ」
 「こうなったら、観念して素直に泊めてもらえよ、耕介」
 「・・・・・・わかった・・・」
 そうして、私たちは執事の車に乗り込み、麗香さんの家に向かった。

 麗香さんの家は、大きかった。大きかった−−それはまるで、ドラマか少女マンガに出てくる、いかにも「お金持ちの家っ!」みたいな、でもかなり上品な家で−−こういう家って本当にあるんだな−−
 そういう事を考えながら思わず遠い目になってしまってる私を見て、拓也はひっひっと笑いながら、そりゃ知らなかったらびっくりするよな、と言った。その後に俺の家はこの近くだから帰るわ。じゃあな、と言いながらどこかへ行ってしまった。
 そして車は門を抜けて敷地に入り、私は屋敷の中へと案内された。すると女の人が麗香さんの近くに寄ってきて、「お帰りなさいませ、麗香様−−でも、出来ればもっと早くお帰りください。いくら仕事とはいえ、心配してしまいますわ」とたしなめた。
 そして私を見て、この方はどなたでしょうか、と言いたげに麗香さんの方へ向き直った。そこで麗香さんは先にも執事に言ったのとほぼ同じ事を言った。そこで女の人は納得したようで、私の方を向いて、頭を下げながら「はじめまして、私は静と言います。この家で働いているメイドです」と挨拶してきた。
 「あ、いや、こちらこそ−−私は耕介です」
 そして私は静さんに、どの部屋が空いているのかを聞いてみた。すると静は困った顔をして、「空いている部屋は、あるにはあるのですが・・・今お客様をお泊めするには問題がありますので」と言った。それでも私は「どの部屋でも構わないのだが・・・泊めてもらえるだけで充分ですし」と返すと、その様子を見ていた麗香が言い出した。
 「それじゃ、あたしの部屋にしましょ」
 「え、でもそれは問題が・・・(汗)」
 「問題ないじゃない、寝るだけなんだから」
 「おい、『寝る』のトコだけを強調してなかったか、今」
 私はそう言ったけれど、麗香さんは返事もせずにそのままスタコラと行ってしまった。
 静さんがそれじゃ案内しますと行って、これまた私が何を言っても聞きそうにもない様子。仕方ない、素直に付いて行くか・・・変に迷子になっても困るし。
 そうして、麗香の部屋に通された私は、変にドキマギしてしまった。だって、今までこのような部屋に実際に入った事なんてなかったし−−当たり前なんだけど。そこで私は、麗香にもう一度聞いてみた。
 「ねぇ、ソファーか何かないのかな。私は別に、ベットでなくても−−」
 「いいから、黙ってベットで寝なさいっ。お客様をソファーに寝かせたなんてお父様に知られたら、怒られるのは私たちなのよ。静も、執事も、もちろん私も怒られるのよ。本当に、そういう事には厳しいんだから・・・だからおとなしく寝なさいっ」
 「はい・・・」
 それはごもっとも・・・厳しい家なのかなぁ。でも、恋人でも婚約した仲でもない男と女が一つのベットで寝るというのもそれはそれで問題なんじゃないのか・・・?普通は(汗)
 −−と思っていたところへ、失礼します、と声がかかって静が部屋に入ってきた。見れば、何やら服を持っていると思ったら、「さあ、これをお召し下さい。耕介さまに合うといいのですが」とのことだった。ちなみに、その服(寝間着だった)はちょうどいい大きさだった。
 これ以上何かを言って麗香さんを怒らせたくないし、私もいい加減疲れていたのでそのままベットに入って(ただ、一応端へ寄っていたんだけど)、深い眠りにつこうとした。
 ・・・けど、麗香さんは私の身体をベットの真ん中近くへ引き寄せようと引っ張ってきた。どうやら、「そんな端の方だと、ベットから落ちるじゃない」と思っているようだ。引っ張る力があんまり強いので、寝るに寝られない私は仕方なく起きて、麗香さんに「なんで・・・」と言いかけたところ、「だって、私だって嫌いな人と一つのベットで寝たりはしないわよっ」と言ったっきりぷいっと横を向いてしまった。その顔は真っ赤になっていた。
 あ・・・そうなのか、そういうことなのか−−−

 その後に何があったのかは−−今、隣にいる麗香さんを見ればおわかりいただけることと思います。そうなんです、そういうことなんですよ。
 −−今にして思えば、全部用意が良すぎたような気がしないでもな・・・・・・(げしっ)いや、何でもない、今の言葉は忘れてくれ・・・


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うしとら
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