うしとらのたわごと 2014年9月


「ゾス神話群」ついに翻訳!

 「クトゥルーの子供たち」(著:リン・カーター&ロバート・M・プライス 訳:森瀬繚&立花圭一 エンターブレイン)を読了。
 内容はリン・カーターによる「ゾス神話群」を中心とした内容だけど、まあこれは割愛。つか「読めばわかるから省略」。プライスによる詳しい解説に詳しい訳注もありますしねぇ……って事で。

 最初は同じくエンターブレインから出ている「H・P・ラヴクラフト大事典」とタメを張る厚さ(ページ数だけなら「クトゥルーの子供たち」の方が多い……まあ紙の違いとか1ページ辺りの文字数とか違うので単純な比較は出来ないとの事ですが)でヒビってたけど、いざ読んでみたら「ああそうか、短編集だっけ」……という訳でちびちびと読んでいって、無事に読了。
 思えば……先述の「ゲームシナリオのためのクトゥルー神話事典」で『「クトゥルーの子供たち」(刊行準備中)』の一文が書かれていてから1年ぐらいか。(参考:当時書いた記事)で、「ゲームシナリオ〜」では当時まだ未訳だった関係で、情報「だけ」の状態だったネタが結構多いので、出典がやっと読めるようになったのが嬉しい。

 しかし読んでる途中「あ、コレってあの作品のネタだよなぁ……あ、コレはアレのネタで……」と最後まで読んでてそんな感じだったけど、なるほど考えてみたら「ダーレスたちと同じ頃の作品」なんだよね。そりゃ「各作品ごとの繋がり」としてはアレとコレとか色々繋げたくなったりするよなぁ。
 という訳で、結構いくつかの作品を繋げる作品群でもあったりして、また読み返したくなる作品がいくつか……
 また訳注が詳しく(特に誤解しやすいネタなどの説明はかなり有り難い。例えば「シク教徒」は説明がないと「シーク」なのか?と思ってしまうけど、「全くの別物」(注:本当は詳しい説明もちゃんとあるけどそっちは自分でお読みください)だとわかるなどの他にも、いくつかの名称(呼ばれ方)などへの説明も結構助かったり(クトゥルー神話ではよくある事だけど、名称って1つと決まってる物じゃないからなぁ……)。ちなみに訳注では原文表記も付いています(原文表記を読むと「なるほどそりゃこういう訳になるか」とわかる(特に名称)からねぇ……)。

 しかし訳文がかなり読みやすいと思ってたら、原文は……その……えーと……だそうなので(それでも「なるだけ原文に近い感じになるように工夫した」との事)、ううむ。手持ちだと「Nameless Places」があるからそのうち原文で見てみよう、かな……(苦笑)(何故「そのうち」なのかというと……「箱の中のどっかだから」。つまりすぐには確認出来ないので(苦笑)

 あと、少し前に森瀬さんが何回かTwitter上で「(ラヴクラフトの)ボソン」のタイトルを出してたので気になってたけど、今回の翻訳を見て判明。ああ、なるほど……(どういう事かはプライスによる作品解題を参照)

「江戸しぐさ」へのツッコミ山盛り

 「江戸しぐさの正体」(原田実・星海社新書)を読了。
 「こういう本書いてます」という話が出た時から期待してたんだけど、期待通り面白い内容で良かった。いや江戸しぐさが胡散臭い話「しか」ないのはわかってるんだけど、今まではそういう部分にツッコむ本あまりなかったから(この本にも書かれてるけどツッコミが今まで出てなかった訳ではないが、「まとまった1冊の本」としては出てない)。

 基本的には「江戸しぐさ」へのツッコミなんだけど、そのツッコみ方がまず江戸しぐさ関係の書籍などからの引用(つまり「このように書かれています」)、そして実際にはどうだったのかを歴史的事実などから説明して「つまり、これは有り得ません」という説明という感じ。全体的にこういう書き方、つまり「説明」なので読みやすいし「なるほど、こういう部分がこうなって……」と理解しやすい。
 また江戸しぐさが何故教育分野に近づいていったのかなどの経緯も説明されててわかりやすいと思うと同時に「なんつーか教育(現場)って……」っと呆れたりもする。確かに近年は特に「似非科学」の類とかが教育現場にも出てきてるのが話に出てるのでなんでだと思ってたけど、この辺共通する部分があったのねなるほどと読んで思ったり。

 しかし確かに江戸しぐさが話に出てきた……というか、CMで使われた頃は「こんなの信じる人そんなにはいないよな」と思ってたけど、いつの間にか教育現場などにも広まってたのには驚くというか「あのさ、都合のいい話を作って(捏造して)教育に使うのって危険だと思うんだけど……」なんだけどなぁ。特にコレが何故危険なのかというと「歴史も同時に捏造する話」だから。
 例えば、昔子供の頃はワシントンの桜の木のエピソードの話を読んだ事があって(ちなみに父も子供の頃やはり同じように読んだそうな)、大人になってから「あれは嘘なんだよ」とわかったけど、これは分別がつく(事情を理解出来る)大人になってから嘘だってわかったからまだいいんだけど、今の時代だと「話を知る」時と「嘘だとわかる」時の間が短くなってる(極端に言うと「その日のうちに嘘だって知る(わかる)」子供もいると思う、ネット時代だし)からねえ。つまり「なんだこの話嘘なんだ、じゃ本当は『こうならなかったんだ』」になる……その結果どうなるかって、「話を信用しなくなる」んだよね。それは教育としてはかなりマイナスになると思うから、そもそも嘘は使わない方がいいんだよね、今は。(これに近い内容の指摘がこの本の中でも言及されている)
 ともあれ、この本は面白い本であると同時に重要な本だなぁ。


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うしとら
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