傷ついている者がいた。
それは人の姿をとりながら、しかし人外の者。
その者の名は初音、幾百年の時を生きる女郎蜘蛛。
初音は、敵−「銀(しろがね)」との戦いで傷つき、傷を癒す為にこの場所へ逃れてきた。
その場所は−懐かしい土地にある・・・学校だった。
その頃、かなこは古い体育館裏の倉庫で、男達に犯されていた。
かなこは犯されながらも、男達を憎んでいたその時。
その憎しみに答えるように声がしたかと思うと、一陣の風が吹き・・・
そして、初音とかなこは出会った。
初音は男どもを殺し、女を見た後、満足したように言った。
「今日から、ここが私の巣だわ」
という感じで、「アトラク=ナクア」は蜘蛛の化け物である初音を軸として、物語を展開していきます。
しかも、物語の中心は当然初音になっているので、いわゆる世間におけるモラルという物は初音により破壊されています。というより初音はあまり人と接した事がないし、元々山の上で生きていたのだからモラルと無関係で当然なのですが。
さらに初音は校内に結界を張っているので、普通の人には初音は転校生のようにしか見えていないのです。ちなみにこの結界は記憶も操作するようになっています。
こういう物語の舞台はとてもうまいと思いましたね。
つまり、「学校」ではあるけれども、初音の結界によって「異界」になっている訳です。
異界なんだから我々の世界で言う「モラル」などがそのまま通用しないのですね。
もちろんこう感じるのは、プレイヤーがあくまで傍観者だからなのですけど。実際登場人物たちは、かなこを除いてはほとんどが初音の結界によって見事にダマされているのですから。
モラルが破壊されている、とはいっても実際には初音以外の人たちが危ない行動をとりまくる、という訳ではないので念のため。
あくまで舞台は学校なので、基本的には「普通の学校生活」なのです。
しかしその「普通の学校生活」が、初音、あるいは何かのきっかけによって暗澹たる物語になる様は、見ていて震えが出るほどです。
そう、自分の手で汚し、あるいは物事を誘導して、人が堕ちる様を見て楽しむ。あるいは、生命を喰い、魂を喰って楽しむ。−それが初音の「狩り」なのです。
ですが、必要以上に怖がらせるといった感じでもないのですね。この辺りはバランスがうまいと思います。
もっともこの関係で主人公である初音に感情移入しにくいのも確かですね(苦笑)
一応、終章近くになると初音の過去なども出てきて盛り上がるし、最後には初音に対する同情も出てくるのだけれど・・・。どういう事かは自分の目で確かめた方がいいでしょう。
しかし「アトラク=ナクア」はかなりストレートな内容ですね。
アリスソフトの、似た雰囲気を持つAVGとしては「アンビヴァレンツ」「デアボリカ」がすぐに思い浮かぶでしょうが、「アトラク=ナクア」の場合はもっとストレートな物になっています。
実際あまりややこしい話は入ってこないし、かといってキャラで話を持たせるという事もあまりしていないという印象なのです。
この「ストレート」という印象は、実際の文章でも感じられます。
何というか、文章の長さがうまいのですね。
変に長くないし、かといって短くもなく、しかもテンポよく読みやすいのです。
それに状況説明も簡潔ではあるけど、想像で補うには充分すぎるほどわかりやすく書かれています。
特に終盤辺りでは、文章のうまさがとてもわかると思います。
とにかくぐいぐい読ませてくれるのに、テンポが全然崩れないのです。おかげで終盤ではセーブも忘れてエンディングまで行ってしまいました。
それから、出てくるキャラ達もみんなしっかり印象に残りますね。
それぞれの章があって、それぞれが中心になって初音と対をなしているんですが、このおかげで「印象が薄い」というキャラがあまりいないんですよね。
しかもプレイヤーには初音の行動(心境)も、キャラたちの行動(心境)も全部見るという構成になるので、時々ヒヤッとさせられたりします。
このように作りとしてはかなりストレートな方なんですが、それでもこれだけ見事に仕上がっているというのは凄いですね。むしろストレートだから、かえってそれぞれのシーンが印象に残りやすいのかも。
また、システムはいわゆるビジュアルノベルの系統なのですが、その中でも極めて「物語を読む」事に特化されていて、選択肢は極端に少なくなっています。
それに一度クリアするとそれぞれの章だけを遊べるようになるなど、本当に小説のような感じになっています(好きな章だけを見たいという事があるのでこれは嬉しい)。
だから最後までほとんどストレスはありませんね。それぞれの章も、ボリュームは「短編」程度の長さですし。ただ、プレイしていて「短い」とは思いませんでした(むしろ充分な長さに感じられた)。
さて、「アトラク=ナクア」は、元々は1997年にアリスソフトが記念として限定発売した「アリスの館4・5・6」という、いわば「アリスソフトのボーナスセット」とでも言うか・・・特別に作られたソフト群をまとめたパッケージに収録されている物です。
その為、現在では新品での入手はまず不可能で、中古で見つけるしかないのです。
一応値段が下がってきているとは言え、まだアホらしいほど高い値段を付ける店もたまにあるようなのでそれが残念です。一応8000〜9000円を切るぐらいの値段が適正価格だと思いますけどね。数はそんなに少なくないんだし。
というのも、宣伝の広告も「いっぱいいっぱい、限定生産!」でしたし、当初はあまりの数にバーゲンセールもあった程だからなぁ・・・。一部の店のせいで中古価格を吊り上げられたのはちょっと・・・今では安くなってるけど。
ですが、前から「単品でも発売して欲しい」という声が多かった為か、今度「アトラク=ナクア」単品のソフトとして発売される事になったとの事です。しかも値段もかなり安い値段になっているようです(多分3800円辺り)。
ただしソフ倫の倫理規定が改正されている関係で、内容を一部修正するとの事ですが大筋はあまり変わらないと思います。
もしこれから「アトラク=ナクア」を見たいと思うのなら、単品発売を待つのがいいでしょうね。
シナリオの「ふみゃ」さんも「館CD」で書いているのですが、「アトラク=ナクア」は元々はクトゥルー神話における蜘蛛神の名前から取っている名前です。
ちなみにこの蜘蛛神が出てくる話は「七つの呪い」という物で、作者はクラーク・アシュトン・スミス。この話は「クトゥルー」の4巻目(青心社)か、「魔術師の帝国」(創土社)で読めます(「クトゥルー」の方が手に入れやすいと思います)。
この話はちょっとしたコメディ・ホラーといった感じの内容。「アトラク=ナクア」は伏線として登場します(読んでみてのお楽しみ)。
まぁ、ゲーム「アトラク=ナクア」とは本当に何の関係もないのですが・・・(蜘蛛の化け物だって事だけだしね、共通点は)